わくくり岩


 昔々福田の二つ城山(ふたつかじょうやま)と木の宗山(きのむねやま)とせっする峠を三田峠(みたがだお)といいますが,そこにおばあさんが1人住んでいました。おばあさんは毎日機を織り福田の里で村人に布を売って細々とくらしていました。

 ある夏の暑い日のことです。1人の旅のお坊さんがその峠にさしかかりました。

「バターン,バターン」という音が聞こえてきました。坊さんが音のする方へ向かって,
「おばあさん,水を1杯めぐんでもらえませんか。」
と,声をかけました。
 おばあさんは,一生懸命機を織っておりましたので,その声にびっくりしましたが,坊さんが水が欲しいというのを聞き,裏山の冷たい水をくんできて,坊さんにさしだしました。

 のどがかわいていた坊さんは一気に飲み乾し,もう1杯欲しいと頼みました。おばあさんは,また裏山の水をくんできました。坊さんは,その水を美味しそうに飲み礼を言った後,おばあさんの機の糸を入れる管に目をとめ,
「その管をちょっと見せてください。」
と,言いました。
 おばあさんが管を渡すとしばらく見ていた坊さんは,
「これからはこの管に糸をいれんでもこのままいつまでも糸は出てくるぞ,ただ1つだけ言っておくが,決して疑っちゃいけませんぞ。」
と,言いました。
 旅のお坊さんはおばあさんになぞのようなことをいってさっていきました。

 さてそれからというもの,おばあさんの管からはふしぎなことにいくら織っても織っても糸がなくなることはありませんでした。
「ああ,お坊さんはよっぽど徳の高いお人じゃったのお,ほんまに言われる通り糸はなんぼうでも出てくるがふしぎなもんよのう,ありがたいことよ。」
と,おばあさんはたいそうよろこんで峠道を通う人々を呼び止めては,糸のきれない管のことを話したので,たちまち近所界隈の評判になり,そのことが庄屋の善兵衛さんの耳にも入りました。

 ある日,善兵衛さんはおばあさんの所へやってきて管を見せてもらいながら,
「なあばあさん,ものは相談じゃが,この管をうちの田3枚とかえてもらえまいか。」
と,言いました。
「これは徳の高いお坊さんにもらったのじゃけえ,なんぼええもんでもゆずるわけにはいきません。」
と,固く断りました。すると善兵衛さんは,
「ほんならばあさん,この糸でわしの着物を一反織ってくださらんか,家の宝にしたいので。」
と,いうのです。

 今は,12月のはじめで善兵衛さんは正月にそれを着て村の人達に見せたいというのです。
「ああ,そんなことですか。なんでもないこっちゃ,ばばあが正月までにどんなことをしてでも織りますけん。」
と,おばあさんは二つ返事で引き受けてしまいました。
「おおきに,ほんじゃたのみますよ。正月元旦にゃ何があっても来るけえあんばいたのみますよ。」
と,庄屋の善兵衛さんは念を押して帰って行きました。


 さて,それからというものは,おばあさんは善兵衛さんの着物を織るのに一生懸命でした。頑張った甲斐があって12月30日にはあと一息というところまでにこぎつけました。
 夕方になって,おばあさんは一休みすることになりました。
「それにしても用意とが出る管じゃのう。反物はみんな喜んで買ってくれるし,ほんまにふしぎな管じゃ」
 おばあさんは,思わず管を透かしてみました。管の中は糸が一重薄く光って見えるばかりです。
「特に仕掛けがあるようにも見えんのじゃが。」
 管に指を入れたりしておばあさんはしきりにふしぎがっていました。

 やがて冬の日が暮れ,おばあさんは再びしごとにかかりました。が,どうしたことか,いくら織ろうとしても管の中から糸が出てこないのです。
「やれしもうた」
おばさんは,思わず叫びました。旅のお坊さんに,
「決して疑うてはいけませんぞ」
と,言われたことを思い出したからです。そのことをおばあさんは,すっかり忘れていたのです。おばあさんは,困ってしまいました。すぐ気を取り直して,
「以前のように糸を作らにゃ。」
と,裏の小屋に行き麻苧(あさお)をより始めました。しかし,麻苧よりは麻苧を小づちで打ち,細かくくだいて糸にするという大変な作業です。おばあさんは寝食を忘れて作業に打ち込みました。そして大晦日の朝が来てやがて夜となりました。
「ゴーン,ゴーン」
と,鳴る福田の里の除夜の鐘も,おばあさんの耳にはうつろに聞こえました。どうやら麻苧がよれたころ,悪いことに行灯(あんどん)の油が切れたのです。
 しかし,まだこれから糸をくり善兵衛さんの反物を織らねばなりません。困ったおばあさんは思わず外を見やりました。いつ降り始めたか外は雪でおおわれていました。
「おお,そうじゃ。」
と,おばあさんは雪明かりを利用しよう,裏の大きな岩のことを思い出しました。そこはこれまでもおばあさんが糸をつむぐわくくりの道具もおいてあるところです。

 「キーカララ,キーカララ」静まりかえった元旦の朝の山々におばあさんのわくくりの音が響いて来ました。おばあさんは一生懸命でした。やがて元旦の朝,庄屋さんが反物を取りに来ました。戸をたたきいくら呼んでも返事はありません。裏口にまわりふと見上げた大岩の上に,わくくりをしっかり握ったおばあさんの姿が見えました。善兵衛さんが行ってみると,おばあさんはすでに冷たく凍え死んでいました。