夫婦岩


 昔々,二ケ城の山のすそ野に,元成寺というお寺があった。今では,その寺ものうなってしもうたが,寺の前に川が流れとった。その川は,温品村の方に流れていて,日頃は小さな流れなんじゃが,ひとたび大雨が降ると,その水たるや大変なもので,温品村じゃ大雨ごとに田畑や,時には大切な家まで流される。
 その川の出口に,大けな二つの岩があるんよ。村の衆はその岩を「夫婦岩」と呼ぶようになったという話じゃ。


 さて,元成寺の近くに,小さな「いほり」があって,法華経のお坊さんで天基上人といわれるお方が住んでおられたんよ。
 天基上人とは法華経という,ありがたいお経を明けてん,暮れてん一心に読んでおられたという話じゃ。このありがたいお経を,馬木村の衆はむろんのこと福田村からも温品村からも村の衆が,ひまひま来ては聞かれなすったもんよの。

 ところが,ある夜のこと,庵の縁の下に黒い物が二つあるよ!昼間は見えずに,夜になるといつの間にかあるんよ。村の衆は,始め石ぐらいに思うとったんじゃが,実はそれは2匹の夫婦者の狸で,はるばる毎夜のように藤ヶ丸山(ふじがまるやま)から降りて来るんじゃそうな。村の衆にある日のことそれが2匹の狸じゃと分かったそうなが,村ん衆は,
「お経がありがたいけえ狸まで聞きにきよる!」
と言うようになったそうな。

 その2匹の狸は雨が降ろうと風が強かろうと,くる晩も,くる晩も聞きに来ては,お経が終わると「スウーッ」とおらんようになるそうな。
 ある雪のひどい冬のことじゃ。今夜はしばれる夜じゃけに,村の衆の姿も少なかったそうな。すると縁の下の方で,
「上人さま,上人さま!」
と,呼ぶ声がするので,上人さまは庵の木戸をそっと開けてみると,2匹の狸が白い深い雪の中にうずくまって,じーっと上人さまを見上げていたそうな。
「どうしたのかな。」
と,たずねた上人さまに,2匹の狸は深々と頭を下げて1匹が言ったそうな。
「上人さま,私達は藤ヶ丸に住まいする夫婦者の狸でございます。上人さまのありがたいお経を毎夜,毎夜聞かしていただいております。雨や風はいといませんが,今晩のような大雪では縁の下では年老いた家内がふびんでなりません。見れば今晩は村ん衆の姿もないようなんで,庵のすみにあがらせていただくわけにはいきませんでしょうか。」
「おう,おう,さもあろう。2匹とも遠慮なく庵の中に入るがよい。」
と,上人さまはかくべついろりの火を暖かく燃やして,お経を上げなさったそうな。
 それからというもの,夜な夜な村の衆の帰った後,上人さまに山の様子など話すようになったということじゃ。

 それから行く年か過ぎて,2匹の狸は山を降りることが出来なくなる前の夜,上人さまからもらった経文の箱を背に,ふり返り,ふり返り月の光の中を藤ヶ丸にと帰って行ったそうな。
 村の衆と共にお経を聞いた2匹の狸は,何か村の役に立てたいと老いた身をむちうって,2つの大きな岩に変身して,岩で大雨の水量を二分して,一方は温品村に,また一方は福田村に流れる分水を作ったそうな。その岩はそれまではなくて,大雨の日に突如として出来,上人さまからもらい受けた2枚の経文が掛かっていたのであるそうな。

 それからというもの,村の衆はだれからともなく「夫婦岩」と呼ぶようになり,天基上人さまも時折その岩に出かけては,お経と唱えなすったということじゃ。


 それからというもの,大雨が降っても温品村・馬木村が水につかることはなくなったそうな。藤ヶ丸の老いた2匹の狸は,上人さまへのお経のお礼として,親切にしてくれた村の衆への恩返しにと,大きな岩に化けて死んだそうな。